大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(オ)605号 判決 1987年1月20日

上告人

田尻長次

右訴訟代理人弁護士

南野雄二

細見茂

斎藤浩

橋本二三夫

被上告人

ダイハツ工業株式会社

右代表者代表取締役

江口友鉱

右訴訟代理人弁護士

山田忠史

山田長伸

平田薫

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五六年(ネ)第二五三七号、同五七年(ネ)第二一一五号解雇無効確認等請求控訴、同附帯控訴事件について、同裁判所が昭和六〇年二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人南野雄二、同細見茂、同斎藤浩、同橋本二三夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の認定しない事項を前提とするか又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦)

上告代理人の上告理由

一、原判決は、被上告人の上告人に対する解雇を解雇権(懲戒権)の濫用として無効としたものの、右解雇は不法行為には該当しないとして上告人の慰謝料および弁護士費用の請求を棄却した。しかし、右判決が認定した事実をもって「控訴人(会社)の故意又は過失による被控訴人の権利侵害があったと認めることは相当でない」とした判断には民法七〇九条の解釈に違背があり破棄を免れない。

1 上告人の行為は被上告人(以下会社という)主張の就業規則上の懲戒理由に該当しない。

会社は、上告人が本件ダンボール箱を持ち出そうとした行為は会社就業規則七三条一項九号(会社の物品の持出し)、一一号(業務上重大な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとした)、一四号(刑法上の罪に該当する行為)、一七号(準じた行為)に該当するというが、右行為は上告人がすでに何度も述べた通り就業規則の右各号にいずれも該当せず、上告人に懲戒理由はない。

(一) 就業規則七三条一項九号(以下単に九号という)について

同号は「許可なしに会社の物品を持出し、又は持出そうとした」ことを懲戒理由としている。ところで、右「会社の物品」とは、原判決(および一審判決)がいうように本来会社の所有の物品とか、会社が第三者から預っている物品であっても将来その返還が予定されているとかこれを転売ないし利用して、社会経済的な利益ないし効果を挙げる等一般社会通念上、社会経済的に価値のあるものというものと解すべきである。

原判決は、右理解に立ちながら「一応会社の保管にかかるものであったこと」を認めたうえ、焼却されるものであったから「会社の物品」といえるかどうか甚だ疑わしく、就業規則の九号に該当するともにわかに断定し難いとし、形式的に該当するにしても懲戒権の濫用であるとする。

右は結論的には妥当であるが、九号に該当しないとの判断をしなかった点は不当である。第一審においては要は懲戒権が否定されればそれ以上の事実(すなわち「会社の物品」に該当しないとの事実)を認定する必要がないが、原判決においては不法行為の成否の判断のためにはこの点を判断する必要があった。

会社の主張によっても本件ダンボール箱は、訴外小河原嘉康から清水日佐夫に対して焼却の依頼がなされたというにとどまるのであって清水にしても右保管の依頼を受けたとは到底受け止めていない。焼却も従業員に対し特に命じたわけでなく、残務整理の不要品処理のルートに載って「焼却して下さい」との注意書きに従って焼却されようとしていたにすぎないのであって、会社が小河原から保管を依頼され、これを承諾したといった性格のものではなく、まさに焼却の順序がくるまで組名事務所前に放置されていたものなのである。従って、会社が本件ダンボール箱を保管していたともいえない。

よって、本件ダンボール箱はいずれの意味においても九号にいうところの「会社の物品」には該当しない。

(二) 就業規則七三条一項一一号について

同号は「業務上重要な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとした」ことを懲戒理由としている。

一審判決は、本件ダンボール箱の中に業務上重要な機密に関する文書が入っていたとするには焼却されるまでの保管方法(到底保管といえる状況でないこと)焼却指示等からきわめて不自然であるとし、更に組合所有の文書は組合が公開するか処分するかは自由に選択でき、これを組合員が公表したとしても会社に対し直接責任を負う立場にないとし上告人の行為は一一号には該当しないとした。

原判決は本件ダンボール箱には「秘の記載のあるファイル綴等が入っており、その中には右機密文書に指定された文書も含まれていた」といいながら、「具体的内容を確認しうる資料もないことからして、本件ダンボール箱内に果たして控訴人(会社)が主張するような業務上重要な機密が存していたか否か疑問が無いわけでな」いとする。更にダンボール箱の帰趨を認定したのち、「ダンボール箱内に控訴人(会社)が主張するような業務上重要な機密書類が存在していたとするならば、その保管ないし焼却方法は通常では考えられない程の杜撰さであったものと言うほかない」という。ついで、上告人は組合の文書から上告人の自己に対する処遇に関する情報を得ようとしたものであり、他の者の人事事項も含まれていることは当然予期され、右は会社の人事の秘密事項である場合もないとはい、えず、右の点で上告人の行為は重大であるかはおくとし会社の業務上の秘密を漏らそうとしたといえなくはないとする。同判決は結論的には、懲戒権の濫用とする。

結局上告人の行為が業務上重要な秘密の漏洩に該当するとの認定を行っていない。会社に同情的である原判決もさすがにダンボール箱の取扱い状況をみれば業務上重要な秘密が存在したとは認定できなかったのである。

在中書類に秘密があったかどうかの説得力は一審判決の方がはるかに勝っていることは対比すれば明らかである。まして、自己についての事項を知ろうとしたことをとらえて、他の者の人事事項も含まれていることを予期しうるとし、右が人事の秘密事項である場合もないとはいえないとしたうえ、業務上の秘密を漏らそうとしたといえなくはないなどとの論法は全くの誤謬である。「予期しうる」「ないとはいえない」との二重のクッションを経て「いえなくもない」と事実を認定するなどとの態度はもってのほかである。しかし、右の論法をもってしてもなお、重要な秘密が入っていたとの認定に至ることには無理があったわけである。

上告人は自己の赴任先についての会社と組合とのやりとがないかと思っていたにすぎないのであって、他の者の事項は全く関心の外でありまして社外に漏らす意図などないことは余りにも明らかである。

上告人の行為は一一号に該当しないことは明らかである。

(三) 就業規則七三条一四号について

同号は、「刑法上の罪に該当する行為をした」ことを懲戒理由としている。原判決(一審判決とも)は、上告人が本件ダンボール箱を持ち出したことは、可罰的違法性があるかどうか甚だ疑わしいとしながらも一応形式的には窃盗罪を構成するという。

しかしながら、窃盗といえるためには、本件ダンボール箱が社会通念上、財産上の価値があること、および上告人が所有権もしくは占有を犯したという二点が必要であるところ、本件ダンボール箱および在中書類は小河原より焼却による廃棄が指示されていたものであり少なくとも小河原の手元から離れた時点では社会通念上何らの財産上の価値がないものであったことは明らかである。また上告人は右廃棄作業に従事していたものであり、右廃棄を委ねられたグループの一員として、右廃棄作業に従事していた。上告人が右持出しに至る時点ではいずれの者の所有権も占有も犯したものということはできない。

従って上告人の行為は、一四号に該当しない。

(四) 就業規則七三条一七号

同一七号は「その他諸規則に違反し、又は前各号に準ずる行為をした」ことを懲戒理由としている。

しかしながら原判決(一審判決とも)の認めるように上告人が「その他諸規則」に違反したとの証拠はなく前各号に準ずる行為とは、各号に準ずるような強度の違法性のある行為をした場合を指すものと解すべきところ、上告人の行為はいずれの各号に準ずる行為ともいえないことは明らかであり一七号に該当しない。

2 以上主張したとおり、上告人の行為は会社の主張するいずれの懲戒事由にも該当しないこと明らかである。よって上告人には会社就業規則の懲戒理由は存在しない。

3 原判決は上告人の行為が会社主張の懲戒事由に該当しないとはいえないところ、本件においては、会社が諭旨解雇を選択したことにつき諸般の事情を考慮すれば裁量に逸脱があり解雇権の濫用にあたると解さざるを得なかったのにすぎないから、上告人が本件によって権利回復をしたのであるから権利侵害があったとはいえないという。

しかしながら、上告人の行為がいずれの懲戒理由にも該当しないものであることは前記のとおり明らかであり右懲戒理由に該当することを前提に、単に裁量の逸脱にすぎないとして、上告人に対する権利侵害を否定することは許されない。

また、原判決や一審判決のいうように、懲戒理由に形式的に該当するものがあったとしても、右諭旨解雇が権利侵害といえないというためには上告人に対する諭旨解雇を妥当ではないかと会社が判断するに足るような客観的事実、経過が存しなければならないと考えられるところ、かかる事情が全く存しないものであることは明らかである。(それにもかかわらず会社が上告人に対する諭旨解雇を強行したのはひとえに上告人に対する思想差別に起因する。)会社は自ら(清水日佐夫において)上告人の配転先を上告人に告げずにおきながら、上告人が配転先の不安から組合の破棄すべき不要書類を持出したことをとらえて諭旨解雇処分という極めて重い処分に付したのであって、会社には少なくとも懲戒処分の判断を誤り、過失により上告人の権利を侵害したものである。

右不法な処分により上告人の受けた精神的苦痛および救済に要した弁護士費用を支払う義務がある。

原判決中上告人敗訴部分を取消し、慰謝料および弁護士費用につき支払が命じられるべきである。

以上

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